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ずんずんのずんずん行こう!改!

日々のこころのあれこれじゃよ

家族の中で無条件にあなたを愛してくれる人はいますかという話

こんちこれまた、ずんずんです。

あけましておめでとうございます!!

新年もあけて10日以上経ってるのでフレッシュ感もくそもありません。

ブログも間があいてしまいましてその間何をしていたかというと・・・

彼氏と別れたり・・・

ブログなど更新している場合ではありません。

私の心が大忙しでありました。

しかし、不死鳥のようによみがえる自分は、なんかもうなんだろう・・・タフすぎるよね・・・(涙)

さてはて、話かわって先日、加藤諦三先生の

「眠れない人のための心理学」という本を読みまして、

思い当たるところが多すぎて逆に眠れなくなるという大惨事を起こしました。

加藤諦三先生というのは今でいう岡田斗司夫先生のごとく、

人生相談のプロフェッショナルであります。

この本の一部をTwitterで、引用したら反響が大きかったので、

長いですがここでも引用してみたいと思います。

以下引用-------------―-―-------

前略)自己蔑視している人は自分は愛されないと感じている。もっと突き詰めると深刻な孤独感がある。だから愛されるためには自己栄光化が必要なのである。そこで名声追求になる。この矛盾から来る激しい緊張がある。一方で自己蔑視しているから自信がない。しかしその自信のなさを受け入れられない。劣等感があるが劣等感を受け入れられない。そもそも劣等感は「ありのままの自分」を受け入れられないから劣等感になるのである。正確に言えば劣等意識を受け入れられないというのが劣等感である。劣等感のない人は劣等意識を受け入れている。なぜ劣等であることを受け入れられるか?それは自分がバカだと思っていても、その馬鹿な自分が愛されているという事を知っているからである。自分にとって重要な人から「ありのままの自分」が受け入れられているからバカであるという事がなんでもないことである。要するに深刻な孤独感がない。しかし劣等感のある人は自分が馬鹿だと愛されないと思っている。深刻な劣等感があるかないかはそこが決定的な違いである。劣等感のある人は小さい頃自分は優れていないから愛されないという感じを持った

(中略)

深刻な劣等感のある人は小さい頃から自分は劣等であることが問題だとおもっていた。しかし実はそうではない。劣等であることが問題ではなく、自分を取り巻く人間関係が問題だったのである。つまり自分は劣等感に苦しむような人間関係の中で育ったという事である。小さなころから無意識の領域で深刻な孤独感に苦しんでいたということである。劣等であることなど何の問題でもないそれは枝葉末節なことである。問題の核心は深刻な孤独感である。その深刻な孤独感を味わう人間環境である。小さい頃から周囲の人はお互いに愛し合う人たちではなかった。皆が欲求不満であった。自分はそうした欲求不満の集団の中で育ったということである。だから悩みが多いのである。悩んでいる人は悩んでいる事柄が問題だと思っている。しかしそうではない。その事柄を深刻な孤独感の中で体験したことが問題なのである。もし周囲の人互いお互いに愛し合う人たちであった。自分が深刻な孤独感に苦しみその結果強迫的に名声追求することはない。愛のない集団であったから自己蔑視と自己栄光化の矛盾の中で苦しむようになったのである

-------------―-―------

これを読んでる途中に死ぬかと思いました。

今これを書いている私は輪廻したサムシングです(?)

特にここにある

「小さい頃から周囲の人はお互いに愛し合う人たちではなかった」

という一文にフレッシュ感の欠く新年から膝に矢を負いました。

小さい頃、私の両親は確かに私の事を愛してくれていたとは思うのですが、

その表現はへたくそであり、与えれる愛情は「~すれば褒めてあげる」と言った風な

条件付きの愛情でした。

コミュニケーションは不在であり、時として両親は私を深く傷つけてきました。

しかし、条件付きの愛情ではなく、無条件に私を愛してくれていた人もいました。

それは私の兄でした。

兄は秀才でした。

母は常に私と兄をくらべ時として私が頭が悪いと人前でののしることもありました。

兄は教育費も私の2倍以上かけられて、彼は有名一流大学を卒業しました。

しかし、卒業後、彼は超ブラック企業に入り、

ワーキングプアになったのです。

彼はずっと実家に住み続け、家にもお金を入れず、

転職もせず言い訳を続けます。

私は家を出て自立し、外資系に勤めていました。

年収も兄より格段に上です。

ある日、兄に会ったとき彼は相変わらずブラック企業での酷い労働条件を

自分が被害者であるように話しだしました。

確かに被害者であるかもしれません。

ですが、その会社に居ることは彼の選択です。

転職だってなんだって、チャンスはいくらでもあるのです。

でも彼は行動せず会社と社会のせいにしているのです。

私は強い怒りを覚えました。

当時の私は、母親からお金がないお金がないとつねに電話されていました。

これは私にとってとてもつらいものでした。

家族の中で一番年下で、仕事もつらく、それで親からこんな電話がくるのです。

ですが、母は決して兄にはこんな話はしません

兄がもっと稼いでくれれば私はこんなにつらい思いをしなくてすむのに・・・。

兄の話を聞きながら、私は爆発しました。

なんでお前は、私より学歴も高いのに学費もかけてもらったのに、

そんなに年収が低いんだ、転職すればいくらでもチャンスを得れるのに!

お願いだから、転職して収入を上げてくれ!

私は、そう言いながら泣き続けました。

これは兄は深く傷ついたと思います。

ですが当時の私には全くわかりませんでした。

なぜなら私も深く傷ついていたからです。

それから兄とは5年以上音信不通になります。

その後、彼は何をしていたかというと仕事を辞め、華麗に

NEETにジョブチェンジをしました。

そしてその時家族は何をしたでしょうか?

答えはなにもしませんでした。

もとからコミュニケーションが無いのです。

都合が悪いことが起こると家族は互いに無視しあうのです。

これにも私は怒っていました。

互いに無視する家族に、兄のふがいなさに怒っていました。

ですが、私が小さい頃、母親の機嫌が悪くわけもなく怒鳴られて

隠れて泣いていたのを慰めてくれたのは兄でした。

兄は小さい頃は私のことをよくいじめていました。

ですが、ある時から急に優しくなりました。

まだ4歳ぐらいの時、私は不思議に思って

「どうしてお兄ちゃんはこんなに優しくなったの?」と聞いてみました。

すると兄は

「だってお前がいなくなったらつまらないじゃないか」

と言いました。

それから兄はずっと私の味方だったのです。

どうしてこれを忘れてしまっていたのか。

もしかしたら若い時の私の配慮の足りない行動が、兄の全てを止めてしまったのかもしれない。

後悔した私は兄に電話しました。

相変わらず実家ぐらしの兄はとても嫌そうに電話に出ました。

私は言いました。

「お兄ちゃんは昔からずっと私の事を守ってくれていたのに、ひどいことを言ってごめんね。

私が言ったことでお兄ちゃんの行動を止めていたらと思って謝りたくて電話したの」

兄が何が言ったかは覚えていません。

何か二、三言かわした後、彼はじゃあまたねと言って電話を切りました。

こうして長い兄弟げんかは終わったわけです。

そのあとにわかったんですが、兄はIQ130あるアスペルガーでした。

昔から人とのコミュニケーションが問題があると世間様に言われておりましたが、

なんてこと、兄さん、

NEETだけでも妹はおなか一杯なのに・・・

アスぺとか・・・

設定盛りすぎやで。

さてはて、兄はこれから無事社会復帰できるのでしょうか?

そもそも社会復帰する気があるのか・・・(遠い目)

なんせ毒親に育てられて大人になってアスペルガーだと分かった

アスぺ界のサラブレッドみたいな男やで・・・。

長々と書きましたが。

認知は広がってきたといえども日本は大人の発達障害や、

メンタルが未病の人には生きづらい社会ですよね。

これを少しでも生きやすくするために何か行動出来たらいいなぁというのが

2015年新年の抱負です☆

私の仕事と気分に左右されがちなこのブログですが、

ことしもよろしくお願いいたします☆