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日々のこころのあれこれじゃよ

コーチングから見るスターウォーズEP7感想文

やあみんな!スターウォーズエピソード7は観たかい?私はスターウォーズのファンと言えばファンなんですけど、本気のファンと比べるとファンというのもおこがましいっていうか、つまりはスターウォーズのそんな面倒くさいファンなのですが、せっかくエピソード7を観たので今日は感想文を書きたいと思います。つまりは自己満です。

 

壮大にネタバレを含みます!!!

ネタバレが嫌いな人は下記は読まないでね!!!

 

 

さてはて、スターウォーズが神話的構造を持っているという話は大2病をこじらせて、ユング心理学に傾倒してジョセフ・キャンベルや河合隼雄を読み込んだ人ならみんな知ってると思うんだけど、え?知らない?え?その解釈は間違ってるだと?おいおい落ち着けよ、お前らインターネットに何年いるんだよ、オタクのマウンティングっていうのはこういう風にやるんだよ。きゅっ(皮手袋を付ける音)

でも、まあそういう難しい話は、もっと詳しい人にお願いすることにして、せっかくコーチングを習ってるんだから、今回はこのエピソード7をコーチングの観点から分析して感想文を書いてみたいと思うんだ。

コーチングっていうのはなんだ?っていう人はまあ過去に書いたこちらのブログでも読んでください。

 

さてはて、今回のスターウォーズ、何が素晴らしいというかと言えば、言いたいことをたくさん詰め込んでいるのに、最高のエンターテイメントになっていることだと思うですよね。

 

現在の世界で跋扈しつつあるナショナリズムを思わせるファーストオーダーから脱走するフィンは、自分が行っていることが「正しくないこと」であると自覚と自我を持つ。フィンは、大量生産クローンであるストゥームトゥルーパーで、命令には絶対服従するように「作られている」そのため、このような自我を持つことは、帝国の世界では「欠陥品」に違いない。しかし、それにも変わらず彼は「与えられた任務」よりも「自分が正しい」と思ったことを行うためにポーを助けだす。

このポーが謎である。彼はフィンに名を与え、新しいアイデンティティを与える。そしてエピソード4ではルークがフォースに目覚めて英雄になるためのミッションであるデススターの破壊を、フォースに目覚めずあっさりと基地を破壊している。もうこれはエピソード4から時代が経ち、高度情報化社会の発達により、ボトムネックの能力の底上げが行われたのか?とか思ってしまうが、そんなことは置いといてポーは間違いなく英雄の素質を持っている。きっと、エピソード8からエピソード9にかけて、パラダイムシフトが行われ、主人公格はレイからポーに移るのだろう。

さて、レイの方である。レイは白人であるが、バングラディッシュの最貧層を思わせるガラクタ拾いの仕事をしている。ルックスは未成熟な少年のような恰好であり、フィンが手をつかんだときに強い嫌悪感を示したことから、男性への不信感が強く、幼少期に母親の存在はすでに無かったのだろう。

レイはガラクタ拾い(スカベンジャー)というハイエナのような仕事をして蔑みられながらも、性的労働には従事していない。彼女の中には強い父親への信頼感があり、自分自身を売るような真似はしないのだろう。その気高さは、BB8を売らなかったことにも表れている。

作中レイは何度も故郷に帰ることを主張する。そこは彼女のホームであり、待っていれば家族が、父親が帰ってくると信じている。

そんなレイの中には強い怒りがある。怒りの下には悲しみがある。自分の境遇に対する悲しみと、いくら待っても帰ってこない家族から「見捨てられた」という悲しみである。そこにあるのは孤独で、守ってくれる者などいない。守られる存在ではなかったものは、強くならなければいけない。そうでなければ生きてはいけないからだ。レイは悲しみを心の奥底に抑圧し、その悲しみの上に怒りを乗せ、そしてその怒りも抑圧する。感情を押し殺しているので冒頭のレイの感情表現は淡泊だ。感情を抑圧することにエネルギーを使いすぎているので、自己感情表現を正しくすることができない。しかし、彼女の体の方といえば、押し殺した怒りを発散するかのように、非常に暴力的で、男勝り、最後の方ではベン・ソロをフルボッコにする。

ベン・ソロはレイに比べればレイアとハン・ソロの息子という大変恵まれた環境で育ったに違いないが、その中身は暴力的で精神的に不安定な青年である。

彼は、スターウォーズの世界の絶対的な父権であるダースベーダ―を越えることを切願し、そして実の父親であるハン・ソロを殺す。

ベンは殺したいほど父親を憎んでいたのか?という疑問がある。親子間のコミュニケーションが機能していない家庭(機能不全家族)においては、父親というものは厄介者であり、目の上のたんこぶである。怒るし、うるさいし、自分の言うことなど聞いてはくれない。そのためこのような環境で育った子供は、何度も何度も父親を「心の中」で殺す。自分の世界から消えて欲しいと思う。居なくなって欲しいと思う。しかし、実際は父親はぴんぴんと生きているので、その存在は、物理的に離れていたとしても常に子供の精神に暗澹たる影を差す。

ベンは何度も心で殺したであろう疎ましい父親を現実世界でも殺す。自分と対話をせず、フォースに落ちそうになった自分を助けてもくれず、ただただ逃げ回る父親を殺す。

ハン・ソロハン・ソロの方で、大きな失敗をやらかす。彼は「昔のままのジャケット」を着たまま息子に対する自分の認知を変えられず「家に帰ろう」と言う。彼の中では、ベンは彼の「息子」であり、愛情と真摯な言葉を傾ければきっと通じると思っている。

しかしながら、ベンが望んでるのは、また父親と母親の庇護下に置かれることではないのだ。父を越え、絶対的な悪になることこそが彼の希望なのだ。ハン・ソロは、相手のニーズをはき違え、コミュニケーションエラーを起こし、その代償として殺される。

神話の世界で最大の禁忌である「父親殺し」を犯したベンに救済は訪れるのだろうか。きっと彼が生きている間には訪れないだろう。

「死もまた変遷」であるという言葉がある。

死後の世界があるかはわからないが、人生というものは死んだあとも続くという考え方である。苦しみながら死んだからといって、死後の世界も苦しみにあふれたものではない。人の一生はすべて定点的なものであり、そして死した後も新しい世界で生きていくことになる。

幸いなことにスターウォーズの世界では魂(フォース)の存在が認識されている。ベンの救済は生きている間には訪れないが、レイが「一人で生きていくこと」を許されるだけ十分に強くなった時、救済の代償としてベンは肉体への執着を手放し、その後救済されることだろう。

レイが「一人で生きていくこと」を許されるときは一体いつだろうか。

最後でレイは父たる者であるルークに彼のプライドであるライトセーバーを手渡しに行く。

ここで面白いのは、エピソード7では父性担当であるハン・ソロとルークが二人とも現実からの回避行動として逃亡していることである。

親父っていうのは、いつでもめんどくさい家庭から逃げ出すもののなのだ。

 ベンは父性を憎み殺し、レイは父性を求め会いに行く。

息子は常に父親を越えなければいけないので、父親に救いを求めることはできない。それができるのは娘だけである。だから、このエピソード7では主人公格は女であるレイが役割を負っているのだろう。 

レイは自分の中の欠けてしまった父性を取り戻しにルークに会いに行く。そして、ルークはライトセーバーと手渡されることによって、彼自身も癒しと再生が行われることになるのだろう。

心の支えがあるものは強い。レイは「目覚めた」ばかりであるのにも関わらず、ベンをフルボッコにすることができる。

ところで日本語訳ではサブタイトルが「フォースの覚醒」となっているが英語では、

「The fourth awakens」である。

awakenの意味をケンブリッジの辞書で引いてみると

 

to ​stopsleeping or to make someone ​stopsleeping

 

とある。つまり眠りから覚めるのである。

私たちの大半は、起きていても眠っている。

レイはガラクタ拾いであり、恵まれた境遇であるとは言えない。しかし「予兆」であるBB8に気づくことばできれば、目覚め、自分を縛り付ける古いホームを捨て、新しい仲間とともに新しいホームを作るための旅に出ることが出来るのだ。 

 

まったく、先進国でぬくぬくと暮らしてるにも関わらずおまえらと来たら…。

 

エピソード1から3は、自分が自由になるために母親を見捨てたと罪悪感を負うアナキン・スカイウォーカーが、暴力によって母親を奪われたことによる、「母性の喪失」の悲劇であった。

そして、エピソード4から6は、そんな父親を越えるルーク・スカイウォーカーの英雄譚だった。

今回のエピソード7は、父性を奪還しようとするレイと父親を殺すベンのコントラストの物語である。

 

2015年以降の世界のトレンドはこの父性の再生がキーとなるのかもしれない。 

というわけで長々ありがとうございました。

それでは聞いてくださいAviciiの「The Nights」

 

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