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日々のこころのあれこれじゃよ

免疫障害で死にたいと思った話

おっす、おらずんずん!執筆のやる気を取り戻したので、これから毎週頑張ってブログを書きたい……うん、書きたいな…できるかな……(いきなり自信をなくす)

 

突然なんですけど、

 

「人生は美しいって思った瞬間ってどんなときですか?」

 

と質問されたとき、どんなふうに答えますでしょうか。

 

「人生が美しいと思った瞬間?そんなのないよ」

 

と答える人がほとんどなんじゃないでしょうか。

 

どんな人だって、長いくそみたいな人生の中で一瞬ぐらい「生きててよかったっ…」って心からそう思える瞬間はあると思うんですけど、でもその瞬間の記憶とか気持ちは日々の生活の中のいろいろと煩わしいことのせいで、どんどんと記憶の奥底に沈んでしまって、大半の人が忘れてしまってるんじゃないでしょうか。

 

でも結構この「人生が美しい」って思った瞬間って実は人生にとってすごく重要で、それが人生の目的につながってることがたくさんあるんですね。

 

おいしいものを食べた、友達と楽しい時間をすごした、おいしいものを食べた、試験に受かった……そういった瞬間も確かに美しい瞬間かもしれないけれども、それを飛び越えもっと深く、自分の心に響いた瞬間を、忘れてしまってしまった気持ちをみんな持っていると信じています。

 

これからしばらくの間、私のお友達たちにインタビューをしていって、彼、彼女らが「人生が美しいと思った瞬間」についてブログに書いていきたいと思います。これを読んでくれた人が、一人で自分の人生が喜びであふれた瞬間を思い返してもらえたらうれしいです。

 

 今日はお友達のるーちゃんの人生が美しいと思った瞬間を書きたいと思います。

はじまりはじまり。

 

 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 

るーちゃんのお話

 

私の父は免疫系の疾患を持っていて、それは娘の私にも引き継がれました。

父は50歳を過ぎてから発症したけれど、私はそれよりも早く、22歳のころ、ちょうど働き始めた時から発症しはじめて、22歳から25歳にかけては私の暗黒時代でした。

 

私の症状は、顔、胸のデコルテ、腕の一面にニキビができて、いつもそれは醜く膿んでいて、

私はどうしても治したくて、1年目は医者に行き、2年目は漢方に走り、3年目はこれが効くんじゃないかって菜食主義者になったけれどもそれでもニキビは治らず、どんどんと広がっていきました。

 

私は、誰かが私のニキビについて、アドバイスしてくるのが本当に嫌いでした。

 

「あなた、ちゃんと医者に行ったの?」

「漢方は試してみた?」

「栄養管理が悪いんじゃないか?」

 

みんながみんな私のことを思って言っているだろうけど、私は言われてることは全部すでにやっていて、本当にわずらしいからやめてほしいといつも内心怒っていました。

 

私は引きこもりたかったけれど、お金のためには働かなければいけません。

最悪なのは外に出て電車に乗った時で、

誰かが私の顔を見て、私のニキビについてひそひそと話しているのが聞こえてきて、

本当に惨めでした。

 

ある日私は家で毛布にくるまって泣いていました。

当時は実家に住んでいて、母親はいつも私のニキビについて、どうして治らないのかと小言を言っていました。

でも、その日は違っていて、私は毛布にくるまって顔を隠しながら

 

「私、もう死にたい。毎日毎日、こんな思いをするなら生きている意味なんてない。死にたい」

 

と泣き続けました。

母は何も言わずに、泣く私のそばに一晩中いてくれました。

その日から、母は顔や、体のニキビの薬をつけるのを手伝ってくれるようになりました。

 

そうして、だんだんとニキビは治っていきました。

 

その頃、私は、大学でボランティアをしていて、大学の後輩たちの進路相談にのるのが私の仕事でした。

大学へ向かう陸橋を渡る途中、下を見れば高速道路が走っていて、

 

ここから飛び降りれば、こんな惨めな思いをしないで済むのにな

 

といつも考えていました。

ある日、いつものように大学のボランティアに行き、就活室で相談に来る後輩のことを待っていました。いつものように一人の後輩が部屋に入ってきて、向かいの席に座りました。

違ったのは、彼が私の前のテーブルにペットボトルと紅茶が入ったカップを置いたことで、そうして彼は、

 

「あなたがどうしてそんなに不幸せそうかわからないけれども、これでも飲んで」

 

と言いました。

 

私はびっくりしました。

見ず知らずの面識のない人が、私のことを気にかけてくれるなんて?

ニキビ面で自分はずっと醜いと思っていたのに。

 

私は涙ぐんで、そのお茶を飲みました。

ただのリプトンの紅茶だったけれど本当に私はこの時に救われたんだと思う。

 

それから私は友達が元気がないときは、お茶を出してあげることにしています。

自分も他人に救われたから、私もいつか誰かを救いたいと、いつもそう思っています。

 

おしまい

 

☆☆☆ ☆☆☆ 

 

次回は私の話を書きたいと思います☆

 

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