ずんずんのずんずん行こう!改!

日々のこころのあれこれじゃよ

外資系社内政治敗残記

それは私が二十代の話である。その頃の私は、首も座っておらず口が半開きで生きているようなものだった。

まだ若く何も知らなかったため、社内政治に負けまくることになる…。

 

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ラッキーパンチで外銀に就職した私だが、職場は50代のお局様だらけで(どういうこと...)いじめられまくっていた。

今から思えば、20代で50代のオバハンと同じ仕事をしてればいじめられのは当たり前である。

オバハンたちの完全な嫉妬である。


しかし当時の私はそんなことも理解していなかった。

 

「ぴえん。ババアキツイよぅ( ;∀;)」

 

ぐらいにしか思っていなかった。

違うチームの同僚が、私のパワハラ受けっぷりを哀れんで「違う外銀にあなたと同じ職種が募集されてたよっ!」と教えてくれた。


その求人は産休の人がいるのでその補充ポジションだった。


運良く私は転職に成功し、「わーい!ババアどもから逃れるぞ!」ぐらいにしか思っていなかった。アホすぎだった。このポジションのヤバさに気づかなかったなんて...。

産休の補充人材と言うことは、当たり前だが産休のに入る人がいるということ....。

 

その人が産休から戻ってきたとき、私とその人でポジションの奪い合いが始まるのだ。

 

そんな事も気付いておらず口が半開きのまま転職した。ちなみに私が物心つき始めるのは30過ぎのことである。


転職先はババアがいっぱいだった前職より平均年齢も低く、みんな比較的穏やかにみえた。同僚はみな帰国子女や留学経験があったため、その人たちに比べると私は壊滅的に英語ができなかった。同僚は「あの子嫌い」とか私の聞こえるように悪口を言っていた。あれ?全然穏やかな職場じゃねぇな?


職場は女の園であった。女の園の基本攻撃は聞こえるように悪口を言うである。
今となったら、悪口言ってる相手の所にいって

「今、私の話してました?ご迷惑かけて申し訳ありません。私のどこが悪いかフィードバックいただけます?」

などと言えるんだが、昔の私はぷるぷる震えるしか出来なかった。


『悪口言われてる...試用期間でクビになったらどうしよう...( ;∀;)』などと思っていたが、無事試用期間は乗り切る事ができた。そして前任者は産休にはいっていった。

考えてみれば前任者が産休に入るのだから試用期間で切られることもなく怯える必要もなかったのだが....。


前任者は親切に仕事を教えてくれていた。マニュアルなどは存在せずすべて口頭伝承である。経理とは一子相伝の技なのだ....。いや引継ぎマニュアルつくれよ...。

前職がババアに教えてもらおうとしたらコクヨのバインダー投げつけられていたので教えてくれるなんて親切だなあと私は愚かにも思っていた。


産休の人が居なくなって私は一人で仕事をすることになった。すると「うええ!?」というぐらい間違える間違える...なので怒られる怒られる...評価はすごい勢いで下がっていく...。

 

おかしい...。

教えてもらった通りにやってるはずなのになんでこんなに間違えるんだ...?

 

これは皆様に覚えておいてほしい社内政治で非常に大切なテクニックの一つである。

親切に教えているように見せて、間違える風に教える

周りから見れば丁寧に教えているため評価が上がり、しかし間違える風に教えているので教えられた相手は間違える。


間違えると「なんであんなに親切に教えてもらったのに間違えるんだ?」と教えられた相手の評価は下がっていくのだ。

なので教わったようにやってはいけず、どこか落とし穴がないか考えなければいけない。経験のある人間ならその落とし穴がわかるが経験がないとなかなか見抜けないのだ....。

 

見抜けないということは私が仕事ができなかったことでもある(号泣)
前任者はなぜこんなことをしたのか?

簡単なことである、私に仕事を教えて同じように仕事ができたら彼女がもどってくるポジションがなくなる...。彼女からしたら教える義理などないのだ。


しかし当時の私はそんなこと全く気付かなかった。

「なんでこんなに自分は仕事ができないんだろぅ( ;∀;)」ぐらいにしか思ってなかった。
しかも運が悪いことにこの時のマネージャーは「マネジメントができないマネージャー」

 

マネジメントのできないマネージャーとはどんなものか?

・部下のタスクを把握していない
・部下が業務過多でも「しばらく頑張って」といい改善案を出さない
・上の人間にファイトバックしないのでいいなり
・好き嫌いで人を評価する

である。

 

上司は上とファイトバックしないので、仕事は雪だるま式に増えていき、部下のタスクを理解してないので遅れればつめるだけ、仕事量で相談してもがんばってくれ、そして仕事のできない派遣はお気に入りなので切れない...号泣

そんな上司の下で私は働いていた。

しかもまずいことにアシスタントの派遣が仕事があまりにもできないから変えてくれと私はマネージャーに何度も言っていた。前任者はなんでその派遣を残しておいたかというとマネージャーのお気に入りだったからである。そんな事も気づかない私って....(号泣)

仕事ではミスが多い、お気に入りの派遣を悪くいう....そんなわけで私の評価は悪く1年が経ち、前任者が産休から戻ってきた。


私は彼女のアシスタントになった.....もうこのあとどうなるかわかるよね?

同じ仕事ができる人間は2人いらないのだよ!

 

 

 

当時の私は口を半開きにして生きていたので、会社では仕事をしてればいいだろぐらいにしか思っていなかった。しかし、組織で生きるということは、いかに仲間を増やしていくかの陣取りゲームをしていくかなのだ…!それを全くわかっていなかったから自分が陣地を取られる側になったのだ…。

 

前任者が産休から戻ってきた。彼女の名前をここでは仮にA子としよう。私が仕事がミスが多いため、A子は無事元のポジションに返り咲くことができた。私は彼女のアシスタントになったのだ。A子はそれはそれは社内政治の上手い奴であった…。


マネージャーが上とファイトバックしない奴だったため、私の部署の仕事は雪だるま式に増えていっていた。私が入社した時よりも仕事量は二倍になっていた。なのでA子が戻ってきた時、私は愚かにも「A子さんが戻ってきてくれて助かる~仕事減るぅ」などと考えていたのだ(涙)この馬鹿めっ!!!


1年目で仕事ができない私の評価はボロボロだった。そのためA子にいろいろ教えてもらっても間違える。もうこの時点でちょっと私はおかしかったのかもしれない。というかA子は同じ仕事を10年近くしているのでA子の方ができて当たり前だったのだ…マネージャーは「ずんずんはどうなの?」とA子に聞いてくる。A子は「ミスした時反省してるようなんですけどやっぱり間違うんですよね…」と小声だが私に聞こえるように話している。うっ…つら…。さらにマネージャーは「派遣ちゃんはどうなの?」とA子に聞いた。A子は


「ずんずんが指導がんばってるみたいなんですけどねぇ」とまた小声でいう。

 

こ!れ!は!!
みなさまにぜひ覚えていただきたい技の一つである!!!(涙)

自分の同じ仕事をしている奴のネガキャンをするときは、

まずは直接ネガキャンを行い、その後間接的にネガキャンを行うのだ!!!


まず、ずんずんそのもののネガキャンを行い、その後、仕事のできない派遣ことを聞かれたら、この派遣はマネージャーのお気に入りなのでネガキャンを行ってはいけない

なので、指導しているずんずんが「がんばっている(=頑張っているが指導力不足)」として間接的にずんずんのネガキャンをするのだ。


頑張っていると言えば、第三者から見ればずんずんをほめているようにみえるため、A子はいいやつになる。しかしマネージャーからすると「ずんずんは指導すらできないのか…」という印象を持つことになるのだ…というわけで日々私はこんな風にA子によりネガキャンにさらされていた…。


実はA子はマネージャーのお気に入りでもあった。

私とA子ではマネージャーの信頼度と親密度は全く違う。恋愛趣味レーションゲームで例えるなら私はバッドエンドまっしぐらであった。

そしてA子は面倒くさい仕事は全部私に振り分け、重要そうな仕事は自分に持って行った。重要そうな仕事というのは自分のプレゼンスを示せる仕事である。この場合本国とのやりとりといった英語の仕事であった。プレゼンスを示せば示すほど、A子は重要視され、欠かせない人物となっていく…。

 

一方、ずんずんはと言えば…。

 

マネージャーは「ずんずんは英語が苦手だから」ということでA子にすべてをアサインした。

このマネージャーは教育もできないマネージャーでもあったのだ…。

 

部下を育成する際は本人の能力を見てちょっと無理そうだけど出来る仕事をアサインしていかなければいけない。ちょっとずつストレッチさせていくのだ。このマネージャーは無理だからと最初から私をアサインすることはなかった。育てる気がないのだ。

もうここで私の首フラグはたってもおかしくない…。


私ときたら「A子は派手な仕事ばっかりやって私はそのフォローばっかで、派遣は言うこと聞かないし、仕事ができないって言われてるし…つらたん…」と思っていた。

 

ここですでに完全に社内政治に負けている。撤退レベルである。周りも私をやめさせるように動き出す…はずだった…。


なんとここでA子が再度妊娠したのである!!!A子は体調が悪く会社にあまりこれなくなった。そうすると、ここで死亡フラグが立っていたずんずんさんに再びスポットライトが当たることになるのだ…!


ずんずんはA子の分の仕事もやることになった。仕事は雪だるま式に増える中、私はA子の分の仕事もやることになった。

人員の補充はなかった。なぜなら私自身が余剰人員だったからである…(嗚咽)


マネージャーに「もうムリぽ。人増やして」と言ってもマネージャーは「しばらくがんばって」としか言わない。


ツイッターをやられている方でマネージャー職の方は部下に絶対に「がんばって」と言わないでほしい…それはゼロ回答と同じよ…。お願い…言わないって約束して…。

 

そんなこんなで私は朝4時まで働くことになった。しかしマネージャーはそんなに残業するなという。睡眠不足とミス、そして叱責に理不尽…もう限界だった…そんな時、アレが来た…東日本大震災である。

 

人々が余震におびえる中、仕事が終わらない私はヘルメットをかぶって仕事をする羽目になる。

 

この話はうつヌケに載ってるよ!!

 

 

そんな状況になり、私はこのままここで死ぬのか…?と思い鬱になり仕事を辞めた。

 


辞めた後、

なんでこんな目にあったんだろう?

ババアがキツくても前の職場を辞めるべきではなかったのじゃないか?

そもそも私の能力がないからこんなことに…。

 

と考えていた。

私は、小さなヘッジファンドに再就職したが仕事は全くつまらなかった。


そう…。アホほど仕事がしてたので仕事ができるようになっていたのだ!
ちっとやそっとの仕事では満足できなくなってしまったのだ…。

キラキラした外銀に戻りたいよぅ…とまで考えていた。

ほら、私、物心つくの30過ぎだったからこのぐらいの年ではアホの子だったのだ…。

 

辞めた後、A子には恨みがなかった。A子にも生活があったのだ…。

しかし、マネジメント能力のないマネージャーの事は許せなかった…あいつが私の人生をめちゃくちゃにしたんだ。キラキラ外資系OLライフ戻りたい…と思っていた。今思うと自分を張り倒したい…。


そんな中、A子の言っていたことを私は思い出した。

ある日シンガポールから来客が来た時のことだった。私は「シンガポールで働くとかかっこいいですね」と言った。するとA子は「ずんずんさんもいつかシンガポールで働くことになるかもしれないよ」と失笑しながら言った。


言外にそんなことはお前にはできないだろうと言っていたのだ。それを思い出し私は

「畜生!!!シンガポールに行ってやる!あいつらが一生見れない世界を私は見てやるんだ…!!!」

シンガポールに飛んだのだった…。

 

そして、シンガポール楽しすぎて遊びほうけていたのだが(ほらアホの子だったから…)当時のルームメートの

 

インターナショナルシー船上乱交パーティー

 

の話を聞いて、

 

「あ…こんなことしてる場合じゃない。真面目に働こう」

 

と我に返り、その後、コーチングを習い、社内政治について真髄を体得し、

 

「す…すべてが私には見える…!!」

 

状態になり、中国人を蹴落として出世して、JAPANとAPACのCTOになりました。

私の社内政治敗残記おしまい。

 

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