ずんずんのずんずん行こう!改!

日々のこころのあれこれじゃよ

よく眠りすぎてしまう人へ

私は、よく眠る。

よく眠るといっても、あまりいい眠りと言うことはできない。酷い時には、1日に14時間から16時間眠ることもあり、目覚めた後は倦怠感と、一日を無駄にした後悔に襲われる。しかし、それでもやめることはできなかった。

気力が失われ、引きずり込まれるように眠ってしまうのだ。

 

うつ病の人はよく眠る。体を動かすことができず、その能力をもって、精神が肉体を動かすことを拒否する。食べることも排泄もやめ、ただ眠る。

 

眠りは死に限りになく近く、そして現実からの回避行動である。眠っていれば、現実の問題について直面する必要はない。考える必要もない。職場の問題や、親子の問題、金銭的な問題に蓋をして、乳児の頃に戻ることができる。

乳児は、ただ眠っていればいい。

 

もう記憶からは失われてしまったが、私が生まれたときは両親は隅田川の沿いの古いアパートに住んでいたという。麻雀狂いの父は11年下の母を置いて、毎夜出歩き、一人残された母は妄想か幻覚かはわからないが、夏に見えるという隅田川の鬼火におびえていた。東京大空襲で戦火から逃れるため川に飛び込んで死んだ霊は、何十年もたっても母の心を脅かしていたのだろうか。乳児の私は、ひたひたと彼女の心をむしばむ鬼火にも知らず眠っていた。

 

今、目覚めても横に母はおらず、泣いても彼女は駆けつけてはこない。乳を与え空腹を満たす人はいない。

 

「先生、輪廻転生はあるのでしょうか」

 

と、ある日、困った生徒が聞いた。先生は大学の理事ではあるが、大層胡散臭く、だらしなく太った体にへらへらと笑う。しかし、皆、彼が誠実な人間であることは知っていた。

口の汚い先生は「お前らが言う輪廻転生の存在は、Facebookの記事で見たものだろう」と答えた。そして「その筋の人が、何十年も研究を重ね、輪廻転生が存在するといえば、それは存在するのだろう」と彼は続ける。

 

「眠ると前の日にあったことは忘れてしまう。輪廻転生というものが存在するというのならば、きっと死は眠るように前の生のことを忘れ、翌朝起きるように新しい生を始めることなんだ」

 

とも彼は言う。

 

 人生には何度も変遷がある。進学し、就職し、結婚し、子供が生まれ、そして親しいものが亡くなるのも変遷の一つである。

 

 母が死んだあと、私はまた彼女の面影を追って眠り続けるのだろうか。すべての人は喪失の準備はできてはいない。そしてまた、私も出来てはいない。

 

目覚めたときに救いの手はもう差し伸べられない。心に深くその無能感を沈め切った時、肉体は起き上がる。しかし、人生と対決する勇気は目覚めたときにしか生まれない。すべてを忘れ、また新しい生を始めることは今生ではできないのだから。

起き上がるのは今しかない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

というわけで毎週日曜日はケイクスの更新日!よろしくね!

 

cakes.mu

 

 

趣味はコーチングのずんずんさんの新刊はこちら!

外資系OLは見た! 世界一タフな職場を生き抜く人たちの仕事の習慣 (中経出版)

 

人生相談メールは随時お待ちしております~。

お返事はブログに公開される形でして、
公開されてもいいよーというガッツと気迫のあふれた方からのご応募お待ちしております!
応募はこちらをクリック(掲載基準はローカルルールをご覧ください)
↓↓↓
人生相談